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川辺のレモン

映画・ドラマ・本の感想など。ネタばれあり

善悪という幻想/『殺人出産』感想

本のレビュー

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『コンビニ人間』が面白かったので、同じ著者の本を買ってみた。
大変面白かった。

あらすじ

今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。(「BOOK」データベースより)

ネタばれ感想

「常識なんて、根拠のない聞きかじりのパッチワークに過ぎない」
映画監督の今敏さんの言葉だが、これを数年前に聞いたとき、自分がこれまで感じていた生きづらさの正体を言語化されたという気がした。『殺人出産』は、この感覚を「殺人が10人の出産とひきかえに合法化された社会」という極限の設定を用いることで描いた作品である。
 
設定だけ聞けば突飛な出オチ小説だと思う人もいるかもしれないが、実際はとても丁寧にその社会に生きる主人公の生活を描いていて、本当に今生きているこの日常の延長線上にありうるかもしれない、と思わせる。
実際に少子化に向かっている現在、「死に対して死で報いるなんて野蛮。死には生によって報いるべき」なんて理屈は確かに合理的だ。その価値観は“蝉スナック”のように主人公の周囲に自然と浸透している。この“蝉スナック”が流行っていく描写によって、あっこういう理解できない事が当たり前になっていくのってあるかも!と思わせる構成が、上手い。
新世代の子ども達によって上塗りされていく常識や価値観。しかし子どもは理解できない怪物ではなく、誰よりも純真に他人の幸せを願ったりもするのだ。
頭の中のプログラムを書き換えられながら人類は続いていく。
この世の中でいま善とされているものも悪とされているものも、すべては幻想にすぎない。それなのに、結局は受け売りにすぎない価値観を振りかざし他人を裁く、その無意味さと滑稽さよ。
 
最終的に新しい価値観に迎合する事を選んだ育子は、一見『コンビニ人間』の古倉と反対の選択をしたかに見える。しかし、作品全体に通底しているテーマは同じだと感じた。『コンビニ人間』よりエッジイで間口が狭いかもしれないけれど、私はこっちのほうがガツンときた。作者の言いたいことが自分の問題意識と合うからかもしれない。この作者の作品を追っていくことに決めた。

関連リンク

 

 

klemon.hatenablog.com